大奥のトリビア

大奥に入れば内情を外に漏らさないため一生外に出れなかったといわれています
実際ほとんどの女中はそのよううなことはなかったとのことです。
お目見え以下の女中であれば宿下がりといって何日かの間外の世界にでることが許されていていました。
これは奉公3年目にはじめて許されて6日間だけ外に出ることができます。
また6年目には12日、9年目には16日間の暇をもらえたということです。
また将軍が入れ替わる際に何人かの女中は入れ替わって召し放ちになったといわれています
このような意味では一度大奥に入った女中でも外に出ることは可能であったといわれます。
しかし当時女性が単身で生計を立てていくことは非常に難しいことでした
大奥に入ってもし将軍の寵愛を受ければ自分だけでなく家族にもその恩恵がいくことや、大奥に入るだけで下仕えをしていたという証明になり重宝されたといわれています。
多くの女中は将軍の入れ替えの時も自分の意思で大奥に残ろうとしたということになります。
また大奥の奉公は当時は花嫁修業の一環であると考えていたもの達も多かったみたいです。